2010年7月17日土曜日

ジェパラの家具は今


先週、中ジャワ州のジェパラを訪問した。

ジェパラと言えば、細かく彫り込んだ彫刻家具で有名である。インドネシアの邸宅に行くと、ゴテゴテした彫刻を施したソファや細かく彫ったテーブルなどを見かけるが、多くがジェパラ産の家具である。

インドネシアに進出した仏壇メーカーは、ジェパラ家具に欠かせない彫刻の細かさに感嘆して、仏壇用の仏像を彫る職人として、ジェパラの職人を雇ったが、どうしても日本の仏様ではなくインドネシアの仏様になってしまう、と嘆いたというエピソードもある。

私がジェパラを訪れたのは、記憶が定かではないが、おそらく20数年ぶりだと思う。ジェパラの中心の通り沿いに彫刻家具屋が軒を並べていた記憶がある。

しかし、今回見たのは、それら彫刻家具屋だった建物が軒並み廃墟となっている光景であった。その光景を見た限りでは、ジェパラの家具は「終わった」という印象さえ受ける。インドネシアの家具産業は、1980年代後半〜1990年代半ばに輸出産業として成長し、ジェパラの家具も大いに注目された。しかし、おそらく、1997〜1998年の通貨危機を契機に、競争力を急速に落とし、残念ながら没落していったのだろう。

ラタン家具で脚光を浴びた西ジャワ州チレボンも同様の運命をたどり、家具産業従事者の失業問題が取りざたされている。


でも、ジェパラの家具産業は死んでいなかった。ゴテゴテした彫刻をいったん休止し、海外のバイヤーからの注文に沿った一般家具の生産で息をついていた。もともと優秀な職人がたくさんいたため、海外からの注文に柔軟に対応できる技術力があったのだろう。しかも、そうした生産を行っている企業の経営者は、ほとんどが30代と若々しかった。

近年、環境配慮への関心が高まるにつれて、海外バイヤーからの様々な要求は厳しくなっている。その一つが原材料元にまで至るトレーサビリティの確立、および森林再生型の原材料調達である。

この企業は、ある有名外資系コンサルタント会社がCSR(企業の社会的責任)活動の一環として経営指導を行い、トレーサビリティを明確にさせている。家具の材料となる木材がどこから来たのか、誰が木材を生産したのかまで分かるようにしているとのことである。


また、別の企業では、Trees 4 Treesという活動を取り入れていた。この家具を購入した消費者は、その購入代金の一部を、家具の原材料となる木の植林事業に充てることになる、というものである。家具にはそれぞれ認証番号がつけられ、この認証番号の木がどこに植林されたかをウェブ上で確認することができる、という。消費者は、家具を購入すると同時に、自動的に植林事業に参加することになる、しかも植林した木の所在を確認することができる、という仕組みである。

Trees 4 Trees (http://www.trees4trees.org)

もう一つ注目されたのは、インターネットの活用である。今回のジェパラ訪問では、インターネットのウェブを活用して、生産者とバイヤーを引き合わせるサイトを立ち上げた若手実業家と知り合いになった。彼らは、そうしたサービスをビジネスとして運営し、収益を上げている。しかも、そのダイレクトリーはインドネシアに限らず、世界中のダイレクトリー関連サイトへアクセスできる。シップメントの費用計算の情報もある。それだけでなく、ウェブを活用して、生産者側の経営能力を高めるための指南コースまで立ち上げている。実際に、こうしたウェブを活用して、ゼロから海外との取引を開始し、今では毎月オーダーを得てコンテナで輸出しているジェパラの企業家がいた。

こうしたサイトの情報の正確さ、カバレッジの確かさ、セキュリティの問題などは、まだ完璧ではないと思うが、インターネットなどの情報技術を活用して、しかもそれをビジネス・ベースで運用するような動きが、どんどん現れているのがとても新鮮だった。「政府が支援してくれないから中小企業はダメだ」という話は、これら企業家たちからは聞こえてこなかった。

でも、ジェパラをジェパラたらしめているものは、どうなってしまうのか。かつてのジェパラ的なものは「彫刻」家具であったのが、今は家具になっている。そうだとするならば、「彫刻」を家具から切り離して活用する手があるのではないか。ジェパラの古い世代の人々は、まだ彫刻と家具を切り離して考えられないでいた。あの超絶な彫刻技術を、家具以外のモノに生かすことができるはずで、それがジェパラたるものを維持させていくはずだ、と思った。

では彫刻技術をどう活用するか。ジェパラの人々とこれから一緒に考えていくことにする。

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