2010年8月15日日曜日

起業、旅行、地方グルメ

インドネシアで近年目立つのが起業ブーム、旅行ブーム、地方グルメブーム。数年前にはなかった様々な指南本がこうしたブームを支えている。

最近、書店で目につくのが、「100万ルピアで始める小ビジネス」「成功する小食堂ビジネス」といった様々な書物である。下の写真のように、「起業」(wirausaha)というコーナーが設けられているほどだ。


面白いのは、記述が徹底して具体的であること。各ビジネスの特徴、目的、長所・短所などのほか、とくに費用と利益については、実際の数字入りで実例が解説されているのだ。

小食堂、ケイタリングなど飲食関係が多いのだが、ほかにも洗車、クリーニング済み洋服の配達、詰め替え輸入香水屋、家庭教師、バス送迎、不動産仲介、託児所、子供服販売、プレイステーションのレンタル、洋服修繕、など様々である。

本屋では、こうした本を立ち読みする女性たちをよく見る。ちょっとした初期投資で気軽にビジネスを始める動きがどんどん進んできているようで、ジャカルタだけでなく、地方に行っても、あちこちに小ビジネスの動きが見て取れる。

起業ブームの次は、旅行ブームである。最近、大型バスを連ねた団体旅行ツアーが頻繁に見られる。観光客はもちろん、地方のイスラム聖地を訪ねるツアーもあり、おそろいのジルバブ姿の年配の女性たちのバス旅行によく出くわす。

本屋で目立つのは、バックパッカー型の割安旅行の指南書である。西ジャワ、ジョグジャカルタ、東ジャワ、スマトラ、スラウェシなどへの安旅行はもちろんのこと、東南アジアや中国・インドへの安旅行の指南書が続々出版されている。


たとえば、「50万ルピアで行くシンガポール」「200万ルピアで中国南部をまわる16日間」「200万ルピアでまわるベトナム15日間」といったタイトルが並んでいる。しかも、起業の指南書と同様、費用が事細かく書かれている。たとえば、1日目は朝食がいくら、移動のバス代がいくら、昼食代がいくら、博物館の入場料がいくら、夕食代がいくら、宿代がいくらで、全部でいくらかかる、2日目は、3日目は、といった具合である。

数年前から、インドネシアの民間テレビで、若者がバックパッカー型で旅行するルポルタージュ番組が放映され、そうした番組の旅人役が人気者となり、指南書を書いたりするようになった。もちろん、旅行先の簡単な社会・文化の紹介や簡単な語学レッスンも含まれている。

ただし、日本へのバックパッカー型旅行の指南書は見かけなかった。現在の日本ツアーは、大阪に入ってUSJ、富士山・箱根、東京、ディズニーランドをまわって成田から出国、といったパターンが一般的だが、韓国や台湾の若者たちのように、インドネシア語版「地球の歩き方」のような指南書を片手に、個人旅行をするインドネシアの若者たちが日本で見かけられるようになる日もそう遠くはないかもしれない。

最後は、地方グルメブームである。最近、インドネシアのどの地方都市へ行っても、ショッピングモールのなかには同じようなフランチャイズの店やレストランばかりという印象が強く、地方の食文化は廃れてしまうのではないかと危惧していたが、どうも現実は違うようである。


これも本屋で見かけたのだが、各地方都市ごとの地方グルメとその作り方を紹介する本がたくさん出ているのである。確認しただけで、スマラン、バンドン、チレボン、ボゴール、ジョグジャカルタ、ソロ、バリ、スラバヤ、バンカ・ブリトゥン、ロンボク、パレンバン、プカンバルといった各都市で1冊ずつの地方料理紹介本があった。

執筆はとある写真家で、彼が各都市をまわり、地方料理のきれいな写真を散りばめながら、料理法を簡単に解説、「地方料理をご家庭で」というキャッチフレーズとともに紹介している。

これ以外にも、ご当地料理本がたくさん出版されていて、それも麺やスープなど、各地方ごとに料理法の解説が施されている。

地方分権化の影響は、こんなところにも現れているのか。どこへ行っても「ナシゴレンとミーゴレン」という世界ではない、実に多種多様なインドネシアの地方グルメの世界の扉が我々の目の前に展開されるのは、時間の問題だろう。そして、インドネシアの食がいかに豊かで深いものあるか、それを堪能することがインドネシア観光の一つの柱となることだろう。国内では、グルメ観光(wisata kuliner)がすでに定着し始めているのである。

食べ物との出会いは一期一会、という筆者にとっては、ますますおいしくて面白いインドネシアを楽しめる、というものである。

2010年8月13日金曜日

世界クラス(?)

8月11日にインドネシアから帰国し、いつも使っている京成スカイライナーを待っていた。京成スカイライナーは、スカイアクセス線経由で成田空港と日暮里を最短36分で結ぶというのが「売り」になっている。その速さを体験したくて、今回の京成スカイライナーにはいつもよりも期待し、そしてその期待は十分に叶えられた。

スカイライナーに乗る前に見たポスター。


世界クラス、というのが気になった。日本の空港アクセスが目指す目標は「世界クラス」なのか。世界で最も快適な空港アクセスを目指して、アジアの他の空港と競争すべきなのではないか。

外国帰りの眼から見ると、何となく、今の日本の状況を象徴しているようなキャッチコピーに感じられてしまった。

2010年8月9日月曜日

ジャカルタ・麺食べ歩き(その2)

ジャカルタでの麺食べ歩きのその2。


Jl. Mangga Besar No. 78のカニそば(Mie Kepiting)である。カニ肉と豚肉、揚げワンタンが麺の上に乗り、あっさりしたスープで味わう。

このカニそば屋の隣にある店の牛肉クウェティアウ(Kwetiau Sapi)も、なかなかのおいしさである。この店は、古くから名店と知られているようだ。



今回頼んだのは、定番の炒め牛肉クウェティアウ(Kwetiau Goreng Sapi)。見た目よりも意外にあっさりした味で、豚肉の内臓などが口の中で何とも言えぬ心地よいアクセントを醸し出す。

このクウェティアウ屋の後にはしごしたのが、やはりJl. Mangga BesarにあるMie Kemurnianの豚肉そば+水餃子トッピング、である。ここの麺は平打ち麺だが、スープとの絡み具合がとてもよく、なかなかの味わいだった。



この水餃子、単品で食べても十分いける味だった。

リアウのバティック


8月5〜6日にプカンバルへ出かけたら、ちょうどリアウ・エキスポ2010という催し物が開催されていた。いわゆる開発展覧会(Pameran Pembangunan)をちょっと格好良くしたようなものである。

そのなかに、リアウのバティックが展示されていた。リアウと言えば、南スマトラや西スマトラと並んで、細かな金糸刺繍(ソンケット)の織物で有名であり、とくにリアウではシアク織が伝統的な銘品とされている。



ソンケットのほかに、リアウにもバティックがあった。先にブンクルでも見たように、インドネシアでは全国各地でご当地バティックを振興する活動が進められている。リアウでは、2007年11月30日付で10以上のモチーフがリアウ・バティック特有のモチーフとして登録され、それを用いた地場のバティックが作られている。


ソンケットの伝統を生かした細かで華やかなバティックである。おそらく、今後は、ソンケットとうまく融合したバティックが現れてくるかもしれない。

2010年8月1日日曜日

ブンクルのバティック


ブンクルに行った際、面白いバティックに出会った。ブンクルのバティックはバティック・ブスレック(Batik Besurek)と呼ばれ、その特徴は、生地のなかに、文様としての文字とラフレシアの花が入っていることである。隣州のジャンビのバティックとの類似性もあるかもしれない。


バティックの中に入っている文字は、アラビア文字もあるが、上の写真の直線的な文字は、カガナ文字と呼ばれる地元の文字で、山間部のルジャン・レボン(Rejang Lebong)県では、まだ小学校でこの文字の読み書きを教えているそうである。


ちょっと残念だったのは、これらの文字が単なるデザインとして入れられていることで、文字自体の持つ意味や読みとモチーフとの間につながりを持つ形で作られていないことだった。

ここでも、バティックは手書き、チャップ(型押し)、プリンティング(印刷)の3種類の方法で作られているが、このバティックを考案し、認知に努めている地元実業家は、ジョグジャカルタへ行ってバティックを学んできた。プリンティングはブンクルではまだ無理なので、ジョグジャカルタで行っているとのことである。


このバティック、ユドヨノ大統領がブンクルを訪問した際に、シャツに仕立て、そのシャツを大統領が着た様子が写真で飾られていた。私も、カガナ文字の入った生地でシャツを2枚仕立ててみた。

カガナ文字という、他にはないデザインが入ることで、ブンクルらしさが表現されることは重要だが、さらにもう一歩進めて、その文字に意味とストーリーが加わってほしいものだと思った。

地方独自のバティックを振興しようという動きが、近年、全国各地で見られるようになった。ユネスコからバティックが世界無形文化遺産に指定されたことが、こうした動きへの追い風になることだろう。

「猛暑日本」という報道を聞きながら、日本でもバティックが夏服として一般に認知されるようになれば、日本の空気はもっと明るく元気になるのではないか、と思ったりする。