2008年11月17日月曜日

ジェネポントの村で見つけた企業家の芽


11月15・16日は、南スラウェシ州ジェネポント県の村に出かけていた。この辺は、年間降水量が少なく、農業が十分に行えないため、男はマカッサルなどへベチャ曳きなどとして出稼ぎに出かけ、女は男の帰りをじっと家で待っている、というのが特徴、と言われてきたところである。南スラウェシ州で最も貧しい、といわれる地域であった。

それが、この村の海辺の集落では、5年ほど前から始まった海藻栽培で状況が一変した。それまで、漁師として海に出て年間200万ルピアぐらいしか稼げなかった家が、海藻を始めてからは年間で2000~4000万ルピアを稼げるようになった。実際、かつてこの辺では見られなかったコンクリート造りの家が何軒か建っている。海藻栽培は、女性に雇用機会をもたらし、夫を待っているだけだったのが、毎日、海藻とりで女も忙しくてかなわないのだ。海藻栽培が軌道に乗ったため、男は漁に出るのをやめ、魚は釣るだけになった。化学肥料も農薬も使わない海藻栽培は海にやさしいだろう。しかも、破壊的な漁をすることもない。今のところ、海藻栽培は環境にやさしく、しかも収入が昔の10倍にもなる魔法のような仕事になっているようだ。

この村の山のほうの集落へ行ってみる。幹線道路からわずか15分程度なのに、電気がまだ入っていない。ちょうど、カポック棉が実って、収穫期を迎えていた。カポック棉は枕や布団のなかに詰められる棉の一種で、道の周りにフワフワっと踊りながら落ちて舞っているのが、この時期の南スラウェシ南部の風景である。


この集落では、2年前から、カポック棉で出荷するだけでなく、枕や布団のキレをマカッサルから買ってきて、中にカポック棉をつめて、完成品にして出荷することを始めた。仕切っているのは、バンタエンの華人商人だが、ブルクンバやタカラールにも店があって、あちこちで売られているという。


この山のほうの集落で、農産物加工を一人でやり始めた女性に出会った。キャッサバを植えても、ネズミにかじられるのではもったいないと、キャッサバ・チップスを作り始めた。また、研修でトウモロコシを使ったポップコーンのようなお菓子ジャグン・マルニンの作り方を覚えて、試しにつくって、近所の中学校で売ったところ好評で、毎日作った分は必ず完売する、という。それ以外にも、夫が取ってくるカポック棉を集配して、枕や布団に詰める材料として売ったりもしている。

多くの女性がまだ何もせずに家で男の帰りを待っているなかで、どうしてそんなに朝から晩まで動き続けるのか、と周りの女性から聞かれるのだという。この彼女は、原材料費がいくら、燃料費がいくら、売り上げがいくら、とすべて計算したうえで農産品加工をしている。そして、ジャグン・マルニンなどで着実に利益を上げている。

6歳の息子が一人、小学1年生だが、勉強が好きで、放っておいても一人で絵を描いたり計算をしたりしているおとなしい子だ。彼女は14歳で結婚、現在21歳である。彼女が家に戻ると、小1の息子は、母親のいない間に、ジャグン・マルニンの材料になる地場の白いトウモロコシの実を小さな手で一生懸命に剥いていた。母親を助けるためなのか、その健気さに心を打たれた。

21歳の彼女がとても頼もしく見えたことは言うまでもない。いつも完売するというジャグン・マルニンを次回はぜひ食べてみたいと思った。

インドネシアの地域の片隅には、彼女のような企業家の芽が、まだまだたくさん、人知れず息吹いているのではないかと思った。そして、それを見つけられない行政やよそ者の目利きのなさと怠慢が、そうした芽を土に埋もれさせたままにしていっているのではないか、と思った。少なくとも、野辺に生えた小さな企業家の芽を見つけたら、それを励ましてあげたい、と心から思った。

近いうちに、このブログで彼女のジャグン・マルニンを紹介できることを祈っている。乞うご期待!


1 件のコメント:

Kanako さんのコメント...

ジャグン・マルニン、楽しみですね。
こういう小さな芽がたくさん育ちます様に。
私も早くインドネシアに戻りたいです!
そのためにもしっかり勉強してきます。